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#2. 抽象絵画の始まり―《ターナー、ウィスラー、モネ展》その1

 パリでは常に大小さまざまな企画展が開催されています。またかと思うようなものもあれば、おっ!これは面白そう!ぜひ行かなくては!というのもあって、一度話題になるや否やメディアの宣伝にも乗って長蛇の列、2時間、3時間待ちというのも珍しくありません。展覧会のチケットを取ってくれるという銀行の顧客サービスも登場するほどです。やっとのことで中に入れば、絵の前に立ち止まって絵の批評をしたり、美術とは関係のない話題に花を咲かせたりするおしゃべり好きのフランス人の後ろで一苦労。しかしながら展覧会に足を運んで日常の話題を豊かにするのもパリのインテリの楽しみでもあり、展覧会場もまた社交の場なのです。

 日本と違って、平均3ヶ月と会期が長いのも特徴です。大きな美術館の展覧会は夏のバカンス明けの秋に始まり1月ごろまで、次は3月、4月から夏前までと大きく二期に分けられます。今年の前半でもっとも話題になった展覧会のひとつがグラン・パレで開催された、《ターナー、ウィスラー、モネ展》でした。イギリスのロマン派のターナー(1775-1851)、イギリスで活躍した象徴派のアメリカ人ウィスラー(1834−1903)、フランス印象派のモネ(1840-1926)、国も時代も微妙に異なるこの3人のアーチストにどんな共通点があるのか、不思議な組合せですよね。実はこの展覧会は昨年オルセー美術館で開催された《抽象絵画の始まり》という企画展の続編であると私は独断します。〈抽象絵画は20世紀の初頭から始まった〉と考えられているその起源を19世紀まで時代を溯って見直そうという傾向が、オルセー美術館を中心に企画されるこれら展覧会にはあるようです。これはまた現代絵画とは何かという問題を考えるヒントにもなりますので、すこし回り道ですが、今回のコラムではまず昨年のオルセーでの展覧会の大筋をご紹介したいと思います。

 現在では当たり前になってしまった抽象絵画も、いつ、どのように起こったかといわれれば、答えは曖昧ですよね? これまでの抽象絵画の起源というと20世紀はじめのピカソの立体派とかまたはイタリアの未来派の運動あたりから始めるのが常識でしたが、オルセーの展覧会では19世紀初頭のドイツロマン派のカスパール・ダビッド・フリードリッヒ、また印象派の先祖のひとりであるイギリスのターナーに始まりを見ようとしています。なぜでしょうか?また、いったい抽象絵画(アブストラクト・ペインチング)というのはどんな絵を言うのでしょうか? それまでの古典絵画では、それが神話とか聖書に題材をとった空想の場面を描く場合でも、見る人がいかにもその場面に立ち会うかのように自然らしく描くのが常識でした。つまり〈だまし絵〉だったのです。ところがフリードリッヒの描く風景は月光の下の氷河や中国の北宋画のように超現実的な山の姿だったりします。ターナーとなると、ロンドンの朝霧に隠れて橋の形がぼうと明るい川面に架かっています。つまり、現実と夢の間に漂う影のような形で絵が構成される、絵の面白さとは現実の自然を眼に見えるままに写すことの巧みさよりも絵を組み立てる基本的な要素である形と色彩の組合せの美しさにあるのだという考えが次第に受け入れられるようになります。このような考えから絵画が具象的な事物の再現を離れ、色彩と形という抽象的な要素だけで描かれる試みが生まれたのです。

 言うまでもなく、コレは抽象絵画の誕生としては素朴な説明ですが、19世紀はロマンチックな絵がもてはやされた一方、産業革命の世紀であり、実証科学の進歩を無邪気に受け入れた世紀でもありました。画家たちも例外ではありません。第一室に入るとプリズムを使って太陽光線を分析する、手作りや町の職人に作らせた、光学機器が陳列されていて、まるで今なら小学校の理科教室を覗いているようです。ここにはまた、モネ、ゴッホ、ウィスラーの作品も陳列されていて、それぞれの画家が自分の感性にあわせて、光と色彩のかかわりを探求したことが実証されます。モネの作品では、ルーアンの聖マクルー教会の朝、昼、夕を描きわけた連作が陳列されていますが、モネのように穏健な画家でも彼の興味を惹いたのは火焔様式の代表といわれる建築の美しさではなく、五面体の壁を持つこの教会の特異な正面やその壁を飾る火焔形の浮き彫りに差し込む光線の変化につれて刻々と変わる色彩こそ、彼の意欲を唆ッたのでしょう。この連作は、モネの眼というプリズムに分析された色彩画面といってもいいほどです。「精妙に構築された石材によってこの建築が存在するのではない、石と戯れる光線が映し出す色彩によって存在するのだ。」モネはそう言いたげです。
 この部屋の続きにはイタリア未来派のバラ、ノルウェーのムンク、フランスのロベール・ドロネー、その妻のウクライナ生まれのソニア・ドロネー、チェコスロバキア人のクプカ、彼らの作品はもう全く現代の抽象絵画です。

 第2部の陳列室に入ると、そこには〈音〉と抽象絵画との親密なつながりに光が当てられています。この展覧会の意図には「眼に見えないもの」を色彩と形のリズムを通じてどう造型芸術に表したか?という点にも眼が配られています。この部屋で目を惹くのは、抽象絵画の巨人、オランダのモンドリアンですが、抽象絵画の起源には、北欧の象徴主義の流れを汲む色彩の神秘主義的傾向が感じられます。現代の若者の心を引く神秘主義的傾向に通じるところがありますね。

  最後の部屋はピカビアの、踊り子を描いた彼のオルフィズム時代の代表作《ウドニー》(1913)が展示され、〈光〉と〈音〉に〈動き〉が加わった〈ダンス〉がテーマでした。マルセル・デュシャンが《階段を下りる裸体》(1911)で〈時間の連続〉と〈動き〉の表現を研究していたのもほとんど同じ時期です。

 形のないものを絵画表現で捉えようという試みは現代になると、個々の感情や思想、心の中にあるもの描こうとして、ますます内面的方向に進んでいきます。それが現代絵画は複雑だといわれる所以なのかもしれません。しかしながら聖書を取り扱った古典絵画にしても、その時代独特のテオリーや美学は今では理解しがたいものもあります。時や場所を越えて描く人と見る人との間になにかしらの共鳴が生まれたときが絵画を見る悦びの瞬間でしょう。

山地治世(May.2004)

 

リュクサンブール公園のマロニエの葉の影と木漏れ日。自然が見せるイメージはまさに抽象絵画。

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山地 治世 PROFILE

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